話し合いが足りないのか、自己満足か、「自分が母を殺してしまう気がして」を読んで

●キャリコネニュースより
「「自分が母を殺してしまう気がして」 本人の意思に反して「延命治療」を望む肉親の苦悩」

人間が人間たるは、何か?
そういうことを考えてみるとおもしろいかもと思われた記事です。

極端な話を言うなら、将来技術が進み、人間のクローンができたとき、そしてそれが精神を伴わなかったり、または別人格だとして、それを肉親と思うかどうか。脳死に陥って生命活動はあれど会話の1つも出来ない状態、それをどう考えるかだろうな~っと。


本人が延命を拒否している(拒否を過去に明言していた)のなら、延命処置を望む家族は、その家族のエゴだろうと思っています。
誰だって死にたくはなかろう。病気にしても怪我等によるものだろうが、同じ。
ただ、人間ですからね、いつかは死を迎えるもの。
そして、人それぞれではありますが、最後を考えて、そして延命を拒否を明言しているのなら。
家族が本人の意志を無視、いや蔑ろにして、延命を行うのはどうかなと。


結局、家族側の自分の考えを重視し、人の話を聞かないんだか、守らないんだか、そういうことなんだと思います。
人間としてどうかな、と思うところ。


日本人としての死生観もあるのかもしれませんね。
どの国か忘れましたが、死んだ人間(脳死も含む)は肉と一緒、そういう考えもあるようです。


ちゃんと元気なうちから話あっておくべき。
それができていないからこそ、こういうことになるんだと思っています。

※延命治療の判断を迫られたことは2回しかありません。辛いからといって身勝手が許されるものでもないと思っています。


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コメント

非公開コメント

何をやってもやり切ったなんて思うことはないです。

この手の話って、実際に色々直面しないと分からないし、そう多くの経験を積めるものでもないですからね。

胃ろうとか中心静脈栄養とかは楽な話ではないですし、医療行為なので看護師か家族以外できませんから対応し続けることが出来ないことはしないという方向で話しておくのは必要でしょうね。

何をやったとしても大小の差はあれ罪悪感なんてどこまで行っても消えませんし、出来たことはあるのか?とか、やり過ぎて負担(不幸)だったことはないのか?とか考えることもありますけど、いつか死ぬものだと割り切るしかないというのが今の心境です。

No title

> Colorless Freedom さん

経験もさることながら、それをどこまで想定しているかどうかかな~っと。
ただ、ただ、そのときに右往左往せずに、泰然としていたいと。
こんなことに慣れても仕方ないんですけどね
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